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メッセージ

障碍という言葉の変遷を考えテミル。

1949年の身体障害者福祉法の制定により、それまで障礙と表記されていたものが、「礙」が当用漢字の使用制限によって障害と表記されるようになりました。そして近年、障害の「害」の字がマイナスのイメージがあるとして障がいと表記する企業や個人が増えてきました。しかし、このことには賛否の両論が存在します。自分たちの状態ではなく、外部からの障害を受けているのだから障害と表記する方もいるのです。私たちはどれも正しいと考えています。

また、ハンデキャップという言葉やチャレンジドという外来語も嫌われる場合があります。これは自分がハンデと考えていなければハンデではないという理由であったり、チャレンジしたくない人に対してまでチャレンジを要求するのはどうかという理由であったり、そのような障碍受容論の見地からと理解しています。

そのような状況の中で私たちは障碍という表記を選びました。それは1949年からほとんど環境が変わっていないような印象をもっているからです。確かに空間環境や福祉用具はバリアフリー、アクセシビリティといった欧米から導入された思想により進化しました。しかし、一番大切であると考えられる人的環境はどうでしょうか?人の意識は変わったでしょうか?私たちはまだ産まれていない時代のことですから、正確にその時代の状況を知ることはできません。しかし、知る限りにおいてはあまり変わっていないように思うのです。ですから、あえて礙の俗字である碍を使用し「障碍」と表記することとしました。また、このように表記することで、音声リーダーで読んでも「しょうがい」と読み上げてもらうことができます。「障がい」と表記すると「さわりがい」と呼んでしまうのです。情報アクセシビリティ保障の見地からもこの表記が正しいと考えています。

私たちは「障碍」とか「障害」とか「障がい」とかいう言葉によって、同じ人間を区別する必要のない社会を目指しています。そんなユニバーサルな社会が実現するときまで、この表記を使用していきたいと考えています。